はじめに

私は以前作った作品に、共創のためのインセンティブ設計としてクリプトエコノミクスを組み込みました。 しかし今振り返ると、クリプトエコノミクスって何だっけ?となって混乱したので整理します。 クリプトエコノミクスが生まれたきっかけ(背景)、クリプトエコノミクスとは何であるかという大まかな流れでクリプトエコノミクスを整理します。 また、最後には私なりのクリプトエコノミクスを定義します(まとめ)。

詳細に入る前に、クリプトエコノミクスをざっと掴んでおきましょう。 ウィーン大学のShermin Voshmgirらは以下のような定義をしています。 インターネット上にある他の情報を鑑みても、この定義は一般的な定義となっていると思います。

Cryptoeconomics is an emerging field of economic coordination games in cryptographically secured peer-to-peer networks.

Foundations of Cryptoeconomic Systems

クリプトエコノミクスが生まれたきっかけ(背景)

クリプトエコノミクスを理解するには、最初にクリプトエコノミクスが組み込まれたシステムがどのようなもので、どのような課題があったかを知るのが良い方法です。 ここでは最初にクリプトエコノミクスが組み込まれたシステムであるBitcoinの目的、それを実現する難しさ、その解決策を記します。 せっかちな方は、次の章まで飛ばして頂いても結構です。

Bitcoinの目的ですが、Bitcoin論文のIntroductionには、最初に以下のような記述があります。

Commerce on the Internet has come to rely almost exclusively on financial institutions serving as trusted third parties to process electronic payments. While the system works well enough for most transactions, it still suffers from the inherent weaknesses of the trust based model.

つまり現在の金融システムは信頼に強く依存していて、それが弱点であるということです。 また、信頼に代わり必要なものとして、以下のような記述があります。

What is needed is an electronic payment system based on cryptographic proof instead of trust, allowing any two willing parties to transact directly with each other without the need for a trusted third party.

ここで通貨への信頼ではなく、金融システムへの信頼をcryptographic proofで置き換えると言っていることに注意です。 そもそも法定通貨をはじめ、通貨は信頼の上に成り立っており、通貨が持つ価格の根源から信頼を取り除くことは不可能です。 ちなみに、ユーティリティトークンとしての通貨の価格を、需要と供給の関係として計算できるようにするフレームワークを提供するのが、トークンエコノミクス(ごちゃ混ぜにして誤用されることが多々ありますが、クリプトエコノミクスとは峻別します)です。

以上よりBitcoinの目的は、 「通貨の価値への信頼は必要だとしても、金融システムに対する信頼については必要ではない。 金融システムを、Don’t trust, verify.で置き換えよう」と言えると思います。

さて、Bitcoinは金融システムを作るにもかかわらず信頼を要求する主体(Trusted Party)を徹底的に排除しますが、これを実現するにはいくつかの課題があります。 その課題について、Cryptoeconomics In 30 Minutes by Vitalik Buterin (Devcon5)を参照しながら見ていきます。 私の解釈が含まれるため、不安な方は一次情報をあたってください。 Bitcoinの課題としては、

  • 合意形成の問題(ビザンチン将軍問題)
    • 突き詰めると、重み割り当て問題
  • インセンティブの問題

があります。 ビザンチン将軍問題はLamportによって解決されています。 Bitcoinで問題なのは、不特定多数が参加・脱退可能な状況においてのビザンチン将軍問題であり、それが重み割り当て問題です。 重み割り当ては、ネットワークに誰でも参加できる、すなわち1人が多数として振舞うことも可能である状況において、どのようにネットワーク全体での意思決定を行うかという問題です。 BitcoinはPoWというコンセンサスアルゴリズムを導入し、計算量によって重み割り当てすることでこれを解決しています(PoSでは通貨量での重み割り当て)。

またインセンティブの問題を解決するには、みんなが(1)参加すること、(2)プロトコルの設計に従うことという2つのハードルを超える必要があります。 みんなというのは曖昧なのですが、合理的経済人を仮定しています。

(1)は計算機などの資源は有限であるため、ネットワークに参加してノードを稼働させるにはコストがかかります。 これはそのコストを上回る報酬を与えること、つまりハッシュパズルを解いたノードがBTCを得る仕組み(マイニング)によって解決します。

(2)はノードがプロトコルに従わない、つまりネットワークに対する攻撃を行う可能性があります。 これはBitcoinのネットワーク自体がトークンを発行し通貨を存続させることや、ネットワークの攻撃に必要なコストを高めることによって解決します。

攻撃に必要なコストを高める方法には、(1)が関係してきます。 Bitcoinでネットワークを攻撃するにはハッシュパズルを解く必要があり、ハッシュパズルを解くコストはBitcoinネットワークのハッシュレート(計算力)に比例します。 そして(1)で見たように、Bitcoinには計算力を提供した場合のインセンティブがあります。 つまり、ネットワークに計算力を集めることによって攻撃コストが高まるということです。 ただしネットワークを攻撃するためのコストが低ければ、攻撃を受けます( 51%攻撃 )。 ネットワークが攻撃を受けた場合Bitcoinの価値は暴落するため、攻撃者は暴落にうま味を感じる主体に限られます。

このようにBitcoinでは、

  • ネットワークが通貨を発行すること
  • 攻撃のコストを高めること
    • ネットワーク参加者(マイナー)に対して報酬を支払うこと

によって、信頼を要求する主体を排除した金融システムを作り上げたのです。 つまりBitcoinは循環構造を持っており、どの部品が欠けても動作しません。 Bitcoinのこの仕組みはクリプトエコノミクスの最も正当な例だと言って良いでしょう。 ただしBitcoinはクリプトエコノミクスの例にすぎず、クリプトエコノミクスはBitcoin以外のシステムにも適応可能で、実際に適応されています(Ethereum等)。 私は数年前にこの設計を知ったとき、これまでにない種類の感動を覚えました。

クリプトエコノミクスとは何か?

以上ではBitcoinの仕組みがクリプトエコノミクスの代表例であるとお伝えしました。 では改めて、クリプトエコノミクスとは何でしょうか? ここではEthereum開発者のVlad ZamfirによるWhat Is Cryptoeconomics?を参照しながら考えてみます。 私の解釈が含まれるため、不安な方は一次情報をあたってください。

Zamfirは最初にクリプトエコノミクスが何であるかを言うのは難しいと言いつつ、Wikipediaのeconomicsの文章

Economics is a social science that studies the production, distribution, and consumption of goods and services.

をオマージュし、次のように始めます。

Cryptoeconomics might be

A formal discipline that studies protocols that govern the production, distribution and consumption of goods and services in a decentralized digital economy.

また、次のようなことを言っています(一部抜粋・改変・例を追加)。

  • 人間は合理的経済人になれないが、ソフトウェアは合理的経済人になれる
  • Pseudonymous economics actorsの性質として
    • 関係がフラットで、グローバルで、デジタル
    • 評判、アイデンティティ、ノードに対する従来の信頼性は重要度が低くなる
  • コンセンサスメカニズムは
    • ネットワーク参加者間でのコンセンサスを可能にする
    • ネットワークがどの程度セキュアかを数値化できるようにする(例:ハッシュレート)
  • クリプトエコノミクスは、システムが将来どのような形で実行されるのかということを保証できる。暗号のみではこれを提供できない
  • 経済的インセンティブによってシステムのセキュリティを確保している(可用性など)

補足:Pseudonymous economic actorsのPseudonymousには偽名(匿名ではない)という意味があり、これは重み割り当て問題を暗に示していると考えます。

まとめ

以上から考えるに、クリプトエコノミクスはメカニズムデザインの一種だと言って良いでしょう。 メカニズムデザインとは、目標とするシステムの動作を実現するために、制度を設計すること(ナッシュ均衡点を移動させること)です。 メカニズムデザインでは、合理的経済人を仮定します(これはソフトウェアと相性が良いです)。 クリプトエコノミクスが他のメカニズムデザインと比べて特異なのは、プロトコルやソフトウェアで定義したメカニズムによって無数の主体をコントロールし、一貫性のある一つのネットワークとして成立させているということです。 また、ネットワーク全体としてトークンを発行しなければ成り立たないという性質も特異的です。

さて、最後に私なりの定義をしたいと思います。

クリプトエコノミクスとは、ネットワークでトークンを発行することを手段として、ソフトウェアで定義したメカニズムによって不特定多数が参加するネットワークを一貫性のあるものとして成立させるためのメカニズムデザインの手法。

クリプトエコノミクスの適用

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