最初の1年で、売上は作れなかった

学生の頃、自分たちのプロダクトを作るために小さなAI企業を立ち上げた。

情報系の大学で学んでいたこともあり、技術にはある程度自信があった。AIを使えば、少人数でも調査や試作は進められる。実際に動くものを作り、ユーザーに使ってもらうところまでは、学生でもできた。

会社を作った最初の1年は、ほとんどの時間を開発に使った。作りたいものを作り、改善し、使ってもらう。反応があると、少しずつ事業になっているような気もした。

しかし結局のところ、会社を維持できるほどの売上は作れなかった。

誰が使うのかは何となく分かっていても、誰がその費用を払うのかは曖昧だった。どの問題を、いくらで解決するのかも決めきれていなかった。

プロダクトを作ることと、プロダクトを売ることは、かなり違う。

今から考えれば当たり前だが、当時は作ることに意識が偏っていた。使ってくれる人がいれば、その延長線上に売上もあるように感じていた。現実には、利用者がいても、お金を払う人がいなければ事業にはならない。そうしているうちに、開発を続けるための資金もなくなっていった。

会社を続けるために、受託を始めた

2年目からは、会社を続けるために受託の仕事を始めた。企業向けの技術検証や、AI導入の支援だ。現在は、大手放送事業者の音声AIに関する技術検証や、病院のDX・AI導入支援などに取り組んでいる。

数百万円規模の案件を受注し、年間売上は1,000万円を超えた。最初の1年と比べれば、会社を続けるためのお金は入るようになった。

とはいえ、プロダクト企業になれたわけではない。

売上の中心は受託だ。案件を受注し、顧客ごとに必要なものを考え、開発や支援を行い、その対価を受け取る。同じものを複数の顧客に継続して販売する仕組みは、まだ作れていない。

プロダクトを作るために会社を始めた。そのプロダクトでは売上を作れず、会社を維持するために受託を始めた。そして今は、受託を続けながら、もう一度プロダクトを作ろうとしている。

技術として動くことと、実際に使われることは違った

受託を始めて良かったことの一つは、技術と現場との距離が縮まったことだ。

大学にいた頃は、技術的に何ができるかを考えることが中心だった。受託では、まず顧客が何に困っているのかを聞く。そのうえで、何を作るのか、いくらで引き受けるのか、いつまでに完成させるのかを決める。

学生が立ち上げた小さな会社でも、顧客の問題を解決できれば、大手企業や病院と仕事をする機会はある。少なくとも私が関わった案件では、年齢や経歴だけで判断されることはなかった。課題を理解しているか、提案に納得感があるか、本当に実行できそうか。見られていたのはそういう点だった。

一方で、技術として動くものを作れても、実際に導入されるとは限らない。

精度の高いモデルを作る。応答速度を改善する。デモを問題なく動かす。開発側から見れば、それだけでもかなり大変だ。しかし顧客にとっては、それで検討が終わるわけではない。

導入によって何時間の業務を減らせるのか。既存のシステムと安全に接続できるのか。担当者が変わっても運用を続けられるのか。問題が起きたときに誰が対応するのか。費用をかけるだけの効果があるのか。

技術以外にも、決めなければならないことがいくつもある。

私自身、技術検証までは進んだものの、本番導入に至らなかった案件がある。当時は技術的な目標を達成することに意識が向きすぎていた。費用対効果や導入後の運用まで含めて設計できていなかった。

コードが正しく動くだけでは足りない。その技術によって業務がどう変わり、導入する側がどのような責任を負うのかまで考える必要がある。これは、プロダクトだけを作っていた最初の1年には、ほとんど見えていなかった。

コードを書かない時間が増えた

受託を始めると、技術以外の仕事も増える。

顧客との打ち合わせ、営業、見積もり、契約、納期の管理、請求、入金確認、会計、資金繰り。協力者に仕事を頼む場合は、役割や報酬、成果物についても決めなければならない。

会社を始める前に想像していたより、コードを書かない時間はかなり多くなった。

もちろん、情報系の人が全員こうした仕事を経験した方がよいとは思わない。企業や研究機関で技術に集中し、専門性を深める進路もある。仕事とは別に、OSSや個人開発を続けることもできる。起業とは異なる形で技術を使い続ける道は、いくつもある。

私の場合は、自分たちのプロダクトを事業として提供したいと考えたため、技術以外の部分にも関わる必要があった。

AIによって、資料作成や調査、契約書の確認などは以前より進めやすくなった。それでも、誰の問題を扱うのか、いくらで引き受けるのか、どこまで責任を持つのかは、自分で判断するしかない。

会社を作るのは簡単でも、やめるのは簡単ではなかった

会社を作って半年ほど経った頃、一度やめようと考えたことがある。

売上がほとんどなく、開発を続ける資金もなかった。このまま続けるより畳んだ方がよいのではないかと思い、会社を終わらせる方法を調べた。

選択肢として考えたのは、清算するか、休眠させるか、続けるかの三つだった。

調べた範囲では、弁護士に依頼して会社を清算する場合、100万円以上の費用がかかることもあると分かった。しかし当時の会社には、その費用を払えるだけの現金がなかった。

休眠させる方法もあったが、法人そのものは残る。実態のない法人をそのまま残しておくことには抵抗があった。

結果として、会社を続けた。

事業に将来性を見いだしたからではない。清算に必要な費用を払えず、会社を終わらせることができなかったからだ。撤退を考えるほど資金がない会社には、撤退するための資金もない。会社を始める前の私は、事業に失敗する可能性は考えていても、失敗した会社を終わらせる費用までは考えていなかった。

会社を続ける場合にも、引き受けたものに応じて責任は残る。法人を維持すれば、売上がなくても税務申告が必要になる。人を雇えば、給与や社会保険、労務管理が発生する。顧客と契約すれば、自分が開発をやめたくなっても、納期や保守の約束は残る。借入をすれば、売上に関係なく返済日は来る。

受託の案件が増えるほど、会社として背負う約束も増えていく。仕事を取るだけではなく、何を引き受けるのか、どこまで約束するのか、何を断るのかも決めなければならない。

起業に使った時間は戻らない

学生は、起業を始めやすい立場にいることがある。生活費を抑えやすく、大学の設備や起業支援制度を利用できる場合もある。失敗しても、卒業後に就職できると考える人もいるだろう。

ただし、起業に使える時間やお金は人によって違う。生活費、家族の事情、健康状態、奨学金や借金。同じ選択を取りやすいとは限らない。

また、会社を畳んで就職したとしても、起業前の状態に戻るわけではない。

私の場合、会社を設立してから約1年半が経って、ようやく自分の給料を払えるようになった。その間、同級生は会社員として就職し、給与を受け取り、仕事の経験を積んでいた。私は、売上の見通しがほとんど立たない会社に時間を使っていた。

この時間が無駄だったとは思わない。受託を始めたことで、大手企業や病院と仕事をし、自分だけでは得られなかった経験もできた。

それでも、その間に別の進路を選ぶことはできなかった。会社を畳んでも経験は残る。しかし、使った時間や、その期間に選ばなかった進路を、後から取り戻すことはできない。

受託で得たものを、プロダクトにつなげたい

受託を始めたことで、会社を維持するための資金を得られるようになった。

それだけでなく、顧客がどこで困っているのか、誰が導入を決めるのか、導入後にどのような問題が起きるのかも、以前より具体的に見えるようになった。最初の1年、プロダクトだけを作っていた頃には得られなかったものだ。

一方で、受託の仕事が増えるほど、自社プロダクトの開発に使える時間は減っていく。また、一社の要望に合わせて作ったものが、そのまま他社にも売れるとは限らない。個別の案件を完了することと、複数の会社に共通する問題をプロダクトで解決することは、別の仕事だ。

今考えているのは、受託とプロダクトのどちらを選ぶかではない。受託で得た資金、技術、現場への理解、顧客との接点を、個別案件の繰り返しで終わらせず、どうプロダクトにつなげるかだ。

受託で見えた、複数の現場に共通する問題からプロダクトを作る方法もある。ただし、受託で扱った課題をそのまま製品にすればよいわけではない。

その答えは、まだ出ていない。

会社を始める前には見えていなかった仕事や責任は、以前よりは具体的に見えるようになった。今は、受託を続けること自体ではなく、そこで得た経験を次のプロダクトにどう変えていくかを考えている。